お電話でのお問い合わせ
各クリニックへのお問い合わせはこちら
2022.06.08
末期がんはどのような症状になるのか。家で過ごす場合はどのような医療を受けられるのか。楓の風で訪問診療を受けながらご家族と過ごされた末期がんの女性をご紹介します。
末期がんの影響で輸血を必要としたCさん(50代・女性)は最終的に家での輸血を選択し、病院と遜色のない医療を受けられました。当初抱いていた在宅医療への不安、余命を告知されずに抱えたストレスは日ごとに解消され穏やかな余生を過ごされました。
Cさんが子宮がんと診断されたのは5年4か月前のことです。私たちがCさんとお会いした時にはすでに全身にがんが転移していました。 いざという時の入院先を確保するためと、輸血のために通院しながら訪問診療で日々の全身管理をすることになりました。 家で療養生活をする最大のメリットは「やりたいことができる環境」です。そのための身体的な痛みや精神的な不安をできるだけ取り除くことを私たちは心掛けています。
Cさんが退院後にご自宅で望まれていたのは、ご家族との時間と食事をとることでした。お子様とのお菓子作りやご家族との会話を楽しみ「家で子供と過ごせるのが何よりです。ナースコールがないのは不安でしたが、その不安もなくなりつつあります。不思議と痛みが落ち着いてきました」と嬉しそうに話されていました。一方、食事をするには少しハードルがありました。
退院の数か月前から全身状態が悪化し食べ物を口にすると吐血や下血を繰り返していたため、食事することが怖くなっていたからです。食べる欲求があるのは生きている限り自然なことです。ある時、医師と看護師が何かあったときには対応すると伝えた上で「食べたいなら食べてみてもいいのでは」と話しました。 数週間後、嬉しそうに話すCさんの姿がありました。「消化の良いものを食べてみたら、大丈夫でした。次は何を食べようかな」。 こうして食事がとれたことで点滴を止め、始め見受けられた顔や足のむくみは自然と軽減するといった相乗効果もありました。
しかし、家族との和やかな時間が流れる中でも着実にCさんの病状は下降線をたどっていました。腸管への転移が原因と考えられる消化管出血により貧血が進行しているため、輸血が必要になったのです。
折しも、世間は新型コロナウィルスが蔓延し緊急事態宣言中でした。緊急時に対応できる病院に行くよりも、感染するリスクを避けられる家での輸血を希望されました。治療を続けていくとこのような選択を迫られる場面がいくつも出てきますが、出来る限りその方のご希望に添える選択肢を用意しておきたいと私たちは考えています。
ところで、Cさんは身体的な痛みを取るだけでなく、精神的な安定を求めるために薬に頼っていました。そして、ご本人やお近くに住みながら介護をされていたご両親に余命はわずかであることが伝えられていませんでした。人は元気になれるかもしれないという期待と、日々体が衰弱していく現実にギャップがあればあるほど心が不安定になります。闘病中にどれくらい穏やかに過ごせるかというのは、あらゆる苦痛をどれくらい和らげられるかにかかっています(全人的ケア)。
またサポートする側も、ご本人に元気になることを現実以上に期待すると「がんばっているのに、これ以上どうがんばれというのか」とプレッシャーをかけることになりかねません。ですから、私たちはご本人やご家族に病気の進行や考えられる治療、処置について伝えたり「今の病状についてどう思われるか」と確認したりしています。そうして、現実とご本人やご家族の思いに乖離がないように努めています。その上で、ご本人が残りの人生を有意義に過ごしていただけるようにご家族ともにサポートしていくのも、私たちの役目です。
退院から1ヵ月半が過ぎた頃からがんの進行による腹水の急激な増加、両足のむくみや痛みの悪化で医療用麻薬の服用が増えました。余命はわずかであることが予測されました。Cさんに病状の進行について伺うと「抗がん剤の治療を中断しているから、がんが悪化したのかな。でも、今の状況で治療を受ける体力がない気もします。今、穏やかに自宅で過ごせているのが幸せなのかもしれません。今後のことを考えなくではいけない時期に来たのですね」と死期を静かに受け止めているご様子でした。
辛い話ですが、私たちは死期が近いこと、ご本人もその事実を受け止めていらっしゃることをご両親にお伝えしました。「楽に過ごせるように支えてやりたいと思います」とご両親も心構えができているご様子でした。
それから一週間後、Cさんはご自宅で息を引き取られました。ご主人は「最期まで自宅で、家族みんなで介護ができて良かったのかな。入院していたら(コロナで面会自粛だったから)会えなかっただろうし」と沈痛な面持ちながらも、最期の時間を全うされたようでした。Cさんを介護されたご経験が、これからの人生においてご家族みなさまの支えとなることを祈るばかりです。
(この記事は事実を元に再編集しています。)