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自分らしく生き切るための、在宅医療という選択

2022.05.26

自分らしく生き切るための、在宅医療という選択

在宅医療に従事する私たちにもいつかは訪れるであろう、病気になっても医療者であり続けるということ。今一度、立ち止まって考える機会をいただいたのは、一人の医師が生きた証を遺してくださったからです。一人でも多くの方が、たとえ病気であろうと、障がいがあろうと自分らしい医療の選択ができますように。

(目次)

  1. 緩和ケア医であり、末期がん患者という立場で発信し続けた一人の医師
  2. それぞれの生き様を在宅医療で支える
    1. 「管を鼻から入れるくらいだったら、男らしく吐きたい」
    2. 「人生を整理するために家に帰ってきたんだ」
    3. 「何かもう……寝てるの飽きた」

1、緩和ケア医であり、末期がん患者という立場で発信し続けた一人の医師

私たちはその方についてご著書やニュースで知りました。ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

『がんになった緩和ケア医が語る「残り2年」の生き方、考え方』(宝島社 、2020)の著者である関本剛院長(関本クリニック、神戸市灘区)が先月亡くなられました(NHK NEWS WEB)。治療を受けながら亡くなられる直前まで仕事や趣味、ご家族との時間に没頭されたそうです。著書には末期がんになって初めて患者に本気で寄り添うということを理解したとあります。

私たちはそういった意味で当事者としての経験値は足りないかもしれません。しかし、その方らしい生き方を、在宅医療を通して支える意義について再認識致しました。私たちができることは、多くの方に病気であっても障がいがあっても自分らしい過ごし方を見つけていただくことです。私たちに生きること、医療者として患者様に何ができるかを見つめ直す機会を与えて下さった関本氏に感謝すると共に、深く哀悼の意を捧げます。

2、それぞれの生き様を在宅医療で支える

病気になっても障がいがあってもその方の生き様を尊重し、医療の面からサポートするのが私たち在宅医療従事者の役割です。例えば、ご本人が望むなら、食べたり動いたりすることはリスクがあっても制限せず、科学的エビデンスの裏付けに基づいて実践するということです。

2-1、「管を鼻から入れるくらいだったら、男らしく吐きたい」

Iさん(60代、男性)は腫瘍によって食道が狭くなり、口から食べることが難しい状況でした。そのため、鼻から管を入れて栄養を補給する方法が提案されました。その時にIさんがおっしゃったのがこの言葉です。「管を鼻から入れるくらいだったら、(食べた物を)男らしく吐きたい」。

この他に胃ろうを造って栄養を取る方法も説明されましたが、Iさんは最期まで口から食す姿勢を貫かれました。私たちの役目はそのようなIさんの尊厳を守ること、そして、何かあった時にはいつでも医療行為をほどこせる態勢を用意しておくことでした。

2-2、「人生を整理するために家に帰ってきたんだ」

Mさん(70代、男性)は病院から家に帰ってくる車の中で亡くなってもおかしくないご病態でした。そこまでしてMさんを駆り立てたもの、それは身辺整理でした。大業を成し遂げたMさんは非常に良い顔をされていました。

「こんな病状で家に帰られるわけがない」。ご本人も、病院もこう思い、最後まで病院で過ごす方も少なくありません。しかし、実は在宅医療でも病院と同じようなケアや治療をすることができるケースがほとんどです。

2-3、「何かもう……寝てるの飽きた」

Sさん(50代・女性)は頸椎にがんが転移していたため、動くと危ない状況でした。けれども、適切に動けば問題ないはずだと医師は判断し、訪問リハビリテーションで少しでも動きたいというSさんの自律心を支えました。そして、リスクをご承知いただいた上で、身体機能を少しでも維持するために、室内歩行でのリハビリが継続されました。

緩和ケア医の関本氏やこうした患者様に共通するのは、最期までご自分の信念のもと、人生を生き切られたことです。ご自分らしく生き切るために在宅医療が必要であれば、ご相談ください。「どう過ごしていきたいのか」をお伺いすることから訪問診療は始まります。

重ねて、関本氏のご生前の勇気ある活動に敬意を表し、心より感謝を表します。