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2022.07.02
大切な方の最期を迎えるにあたり、一番身近で看病される方の心が揺れることは多々あります。そのような時には、患者様ご本人は何を一番大事にされたいかという思いに私たちも一緒に立ち返ります。そうすることで、ご家族や介護者の心の振り幅が小さくなり、患者様の思いに向かって歩み続けることができるようになります。
末期がんのKさん(70代・女性)は身辺整理がしたいと、病院からご自宅に戻られました。思うように身体が動かなくなってはいましたが「口は動くから」とお嬢様の助けを借りて行うとのことでした。そして、この一仕事を終えられた後は再び病院に戻られるご予定でした。
とはいうものの、Kさんはいつ急変してもおかしくないご病態でした。そのため、一時退院ではなく、いったん退院して在宅医療に移行するという選択をされました。何かあったときに24時間対応してくれる訪問診療クリニックを利用するためです。 このように、病院を主体にしながら訪問診療を利用される方もいれば、訪問診療がベースで何かあった時には病院を利用される方もいます。私たちはできる限り、多くの方のご要望に添えるように地域の病院だけでなく、大病院とも連携して診療しています
初診で医師からの「どのように過ごされたいですか」という問いかけに、Kさんは「出来る限り痛みを取って穏やかに過ごしたいです」と語られました。身辺整理の区切りがつく数日後には病院に戻るご予定が、気付けば1週間余り自宅で過ごされました。
身辺整理をきっかけに親子の時間をゆっくり持つことができ、この心地の良い時間が終わってしまうことをお2人とも惜しまれるようになっていかれました。お嬢様にとっては、お母様の人生観やご家族、とりわけご自分に対する想いを知る事ができ有意義な時間だったと言います。Kさんにとってもお嬢様にお気持ちを伝えることができ、自分の気持ちにひと区切りをつかれたことと思います。
しかし、こうした時間は長くは続きませんでした。まもなくKさんはがんの痛みが増して医療用麻薬の服薬を増やすことになりました。すると、Kさんは寝ていることが多くなり、前のように会話する時間は作れなくなっていきました。会話できない時間が増える程、お嬢様の不安も増してきました。問いかけには反応するから起こした方が良いのではないか、医療用麻薬の量を減らした方が良いのではないかと……。
思い余ったお嬢様は訪問診療医に電話相談されました。医師はKさんが療養生活の中で何をいちばん叶えたいと話していたかをお嬢様と振り返りました。「お母様は痛みを取って穏やかに過ごしたいと話されていましたよね」。続けて、医師は今の状況について考えられることを伝えました。「レスキュー(※)の使用回数が減ったということは、苦痛を軽減するという目的は達成できているのではないかと思います。ただし、眠気を苦痛と感じるかどうかは本人に確認してみないとわからないですね」と。
さらに、医師は次のように医学的な見解を示しました。①痛みや息苦しさが増強すると医療用麻薬を増やし、改善されると薬を減らすことを短期間で繰り返すことは身体に負担があるため勧めないこと。②また、眠気はがんの進行に伴う意識障害の可能性もあり、薬の影響によるものと判断することは難しいこと。
最終的に現状の痛みと苦しさが軽減されている方を選ぶか、眠気が少ない方を選択するのかご本人と考えていただくようにお嬢様に提案しました。その結果、お嬢様は、痛みを我慢しながら起きているよりも、気持ち良く寝られるならその方が良いかもしれないと、もう少し様子を見られることになりました。
お嬢様にとってお母様との時間はかけがえのないもので、このまま逝かれたらどうしようという不安が拭い切れなかったことでしょう。私たちもお嬢様のお気持ちに共感します。けれども、患者様の療養生活を支える方の心が揺れるような時には、私たちはいつも立ち返るのです。患者様は何を一番望まれているか。ご本人の自律を実現するのは、時には自分ではなく、周りの人間が主体となって動く場合もあります(共創関係)。
Kさんは、結局、病院に戻られることなく最期までご自宅で過ごされました。在宅医療でも穏やかに過ごすことができるとご本人もご家族も実感されたことで、ご家族の時間を大切にすることに優先事項をシフトされたのだと思います。患者様の思いを遂げることが、結果的にご家族の幸せにも繋がると考え、私たちは常に患者様の想いを軸にご家族とも関わらせていただいています。
※鎮痛が必要な方には内服やパッチ剤といった薬剤(ベース)を用いて24時間疼痛管理を行います。それでも痛みが出てきたり、増してきたりした際に使うのがレスキューです。患者様自ら即効性の高い薬を臨時で使うことができます。頓服、頓用。
(この記事は事実を元に再編集しています。)