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ご高齢者が廃用性症候群から復活した家の力

2022.05.17

ご高齢者が廃用性症候群から復活した家の力

がんの手術をきっかけに長期入院を余儀なくされたMさん(90代・男性)は、一時は会話することも起き上がることも食べることもできなくなりました(廃用性症候群)。3年半の歳月を経て再び生きる喜びを手に入れています。病院が実施していた適切なリハビリテーション、適切な栄養摂取を在宅医療でもつないで功を奏した一例です。


(目次)

  1. 半年間で3度の転院を繰り返し、在宅医療へ
  2. ご自宅でご自分を取り戻していったMさん
  3. 食べるためのリハビリ訓練



1.半年間で3度の転院を繰り返し、在宅医療へ


がんの手術で入院するまで自立した日常生活を送ってこられたMさん(90代・男性)。術後は「リハビリを頑張って家に帰りたい」と意欲的だったものの、入院中に認知症が進行し、日常生活動作(ADL)もままならなくなりました。錯乱状態となることもあったため経鼻胃管の管が抜かれないように胃ろうが造設されました。ご本人やご家族の希望とは反するように長期入院への道を歩むこととなってしまいました。



入院が長期化すると、急性期病院から療養型病院の転院を余儀なくされるのも、ご本人やご家族にとって大きな精神的負担となります。Mさんの場合もがんの手術と胃ろうの造設手術のため急性期病院とリハビリ病院を行き来し、半年の間に3回転院されました。こうした状況にご家族が見かねて在宅医療へ移行されたのはMさんにとって大変な救いでした。


2.ご自宅でご自分を取り戻していったMさん


楓の風が訪問診療に入った際のMさんは、抗精神病薬の服用によってほぼ一日うとうとされていましたがリハビリは続けていました。関節の拘縮(こわばり)やじょく瘡(床ずれ)を防ぐために必要だからです。


転機は、退院から半年を過ぎた頃に訪れました。訪問診療の担当医がこれまで提案してきた減薬にご家族も同意されたことがきっかけです。ご家族は当初、Mさんが寝たきりとはいえ、精神的に安定している状態での薬の調整に慎重になっていました。Mさんは半年の入院の間に3回も転院したこともあり、一時は治療に弊害があるくらい平常心を失っていました。ご家族はMさんが落ち着くようになったのは薬の力が大きいと考えていました。


けれども、医師は薬の調整は様子を見ながら行うこと。また、ご自宅で安心感が得られた状態であれば薬の調整をしやすいこと。それにより本来の機能が覚醒する可能性があることを伝えました。Mさんが今よりも改善する可能性があるのならと、ご家族も納得されたのでした。


減薬から程なくして、徐々に医師や訪問看護師に対する反応が見られるようになりました。寝ながら手足を上げたり、数字を数えたり、ある時には「戸を閉めて」と話すこともありました。そして、退院から1年後には「食べたい!」「動きたい!」という言葉を発するようになったのです。



3.食べるためのリハビリ訓練


えん下機能訓練も開始されましたが、1年以上も使わなかった食べる機能は著しく低下し、リハビリによってすぐに回復できる状態ではありませんでした。寝たきりが1週間続くと、筋肉量が2割前後減ります。食べ物を噛んで、飲み込む力も弱まってしまいます。


えん下テストに受からないと、こんなに頑張っているのに「まだ食べられないのか」とご本人が苛立たれることもありました。ご家族はご本人の希望を早く叶えてあげたいと思いながらも、医師から誤えんのリスクを聞くとリスクを背負ってまではと躊躇され、リハビリをひたすら支えました。


食べるためのリハビリを始めてから2年余り、ついにこの時がやってきました。訪問歯科による誤えんテストをクリアし、5分から10分かけてお楽しみ程度にゼリーのようなものなら食べても良いという結果が出たのです。口から食べられなくなってから3年半の月日がたっていました。あれから数か月、今は自分でスプーンを口に運べるようになっています。次に見据えた目標は口から本格的な食事を楽しみ、胃ろうは補助的に使用するようになることです。


Mさんの場合、病院から繋いだリハビリと周囲の関りを途切れずに続けてきたこと、状況に応じた薬の調整が功を奏したこと、そして、何よりもご本人が「食べたい」「動きたい」という強いお気持ちでリハビリに臨まれた事が大きいです。ご本人の意思と適切な栄養と適切なリハビリによって、何歳からでもQOL(人生の質、生活の質)の向上は可能である。これが楓の風が目指すご本人の自律心を支える医療です。

(この記事は事実を元に再編集しています。)