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在宅医療での緩和治療~痛みへの対応

2022.05.02

在宅医療での緩和治療~痛みへの対応

がんを患っている患者様やご家族が一番心配されるのは、如何ともし難い苦痛が生じることではないでしょうか? 痛みは薬で取り切れるのか? 呼吸が苦しくなったりしないのか? 倦怠感で眠れないことがあるのではないか?

がんに由来するこのような諸症状~痛み・倦怠感・呼吸苦・せん妄などに対しては、これまでのデータの蓄積や新薬の開発などにより数多くの有効な治療法が存在しています。さらにそれらの治療法の使い分けについても、『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン』など様々なガイドラインや手引き等が整備されており、今では在宅療養されている方も入院下と遜色がないほどの治療を受けることができるようになりました。

しかし、それでも病状の進行の仕方によっては、どうしても取り切れない苦痛が生じることがあり得ます。そのような時の対応の1つに『鎮静』という方法があるのですが、この『鎮静』という治療方法はこれまで誤解や躊躇をもたらすことがしばしばありました。

・死期を早めてしまうのではないか?

・本人は本当に望んでいるのだろうか?

・法的に問題はないのか?安楽死と何が違うのか?

『鎮静』行為に伴うこうした疑問に対し日本緩和医療学会は、2010年に策定された『苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン』を改定する形で、『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2018年度版』を発刊し、問題を整理しています。

今回はこの手引きの内容をご紹介したいと思います。

まず、上記の手引きでは、緩和ケアを積極的に行っても緩和することができない苦痛を「治療抵抗性の苦痛」と定義しました。そして、この「治療抵抗性の苦痛」が生じた時には「患者の生活の質(クオリティオブライフ、Quality Of Life:QOL)」をふまえて対応を検討する、としています。生活の質として何が重要かは患者さんによって異なるため、「全体の治療目標を決めるうえでは、このような個々の患者の価値観に十分沿うことがなによりも重要」(同手引きP3)となります。

そして、『鎮静』とは「治療抵抗性の苦痛を緩和することを目的として、鎮静薬を投与すること」と定義しています。つまり、『鎮静』はあくまで辛い症状を緩和するための「治療方法」なのです。ごく当たり前のように聞こえるかもしれませんが、安楽死と混同しないためにとても大切なポイントです。

そして『鎮静』を大きく3つに分類しています(同手引きP10)。ここでは主に②③を念頭にご紹介していきます。

①間欠的鎮静 

鎮静薬によって一定期間(通常は数時間)意識の低下をもたらしたあとに鎮静薬を中止して、意識の低下しない時間を確保しようとする鎮静

②苦痛に応じて少量から調節する鎮静(調節型鎮静)

苦痛の強さに応じて苦痛が緩和されるように鎮静薬を少量から調節して投与すること

③深い鎮静に導入して維持する鎮静(持続的深い鎮静)

中止する時期をあらかじめ定めずに、深い鎮静状態とするように鎮静薬を調整して投与すること

さて、耐えがたい苦痛が生じた時、いきなり『鎮静』を行う訳ではありません。『鎮静』に至るにはとても慎重な手続きが必要となります。

まず、その「耐えがたい苦痛」に対して十分な緩和治療が行われているかどうか再検討します。在宅医療には医師だけではなく、訪問看護師や訪問薬剤師、ケアマネジャー、訪問介護員、福祉用具専門員など様々な職種の方が関わっています。薬物治療だけが緩和治療ではありません。身体的なケアだけではなく、精神的なケアなど、さまざまな側面から検討していきます。その中には、例えば夜間だけしっかり眠っていただくための『間欠的鎮痛』も含まれます。

しかし十分な見直しを行っても苦痛が緩和されない場合、患者の意志と「相応性」の観点から、何が最善かを検討します。「相応性」とは「相応しいかどうか」、つまり、現在の患者の状況に照らして考えた時に、苦痛緩和を目指すさまざまな選択肢の中で、『鎮静』が最も「相応しいかどうか」、ということです。

「相応性」を考える上で、この手引書では以下のようなポイントを挙げています。

・苦痛の強さが激しい

・治療抵抗性が確実である

・予測される患者の生命予後が切迫している(日から時間の単位である)

・持続的深い鎮静でなければ苦痛が緩和されないと見込まれる

・副作用のリスクを許容しうる

目的は「苦痛を緩和すること」ですから、『鎮静』は患者の苦痛が最小になるように調節することが原則となりますが、調節する程度では到底苦痛を緩和することができないと見込まれる場合には、患者の意識そのものを深い鎮静状態になるように投与量を調節することを考えます。まさに上記のような状況が該当することになります(同手引きP65)。

そして最も大事なポイントが患者本人の意思確認です。「患者自身が患者の価値観に照らして鎮静を希望する。または、少なくとも患者の価値観に照らして鎮静を希望するであろうことが推定されることが必要である」(同手引きP70)。このうち、後者のご本人様の価値観に照らして意思を推定していく手続きについては、『人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン』や『認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン』において丁寧に解説されています。

ちなみにこの手引きにおいては、ご本人様の意思・価値観に基づく決定を強調していますが、決してご家族のお気持ちを汲まないということではありません。緩和ケアにはご家族の支援も含まれます。ご家族との話し合いを十分に行いつつも、図るべきは患者さんの益が最大になるよう検討していくということになります。そして、「この際、①家族に期待される役割は患者の意志を推測することであり、家族がすべての意思決定の責任を負うわけではないこと、および、②鎮静の意思決定については医療チームが責任を共有することを明確にする」(同手引きP71)とされています。

ところで、患者の意識を下げる『持続的で深い鎮静』は、これまで『安楽死』の問題と関連づけて語られることがありました。しかし、以下の3点において、A)持続的深い鎮静とB)安楽死は明確に異なります(同手引きP89)。

①行為の意図

 A)意識を下げることによる苦痛の緩和

 B)死による苦痛の緩和

②方法

 A)深い鎮静をもたらす鎮静薬の投与

 B)致死量の薬物の投与

③成功した場合の結果

 A)苦痛が緩和された生

 B)死による苦痛の終わり

日本においては死を目的とする(医療)行為は認められていません。繰り返しになりますが、医療者が目指すのは苦痛を緩和する目的での鎮静であり、その意味において安楽死とは明確に区別されるのです。

また、この手引きでは法的な観点から、『鎮静』という医療行為の違法性について検討しています。「現在では複数の実証研究によってそもそも鎮静は生命予後を極端に短縮しないという知見が示されている」(同手引きP89)のですが、「仮に生命予後の短縮を引き起こすことが想定されたとしても、刑法上、自殺幇助罪や殺人罪として違法であると評価されることはないと考えられる」(同手引きP144)と結論づけています。

『(持続的な深い)鎮静』は、苦痛を緩和するために患者さんの意識レベルを下げることになります。意識が下がれば人間らしい活動を行うことは難しくなりますから、この選択はとても重い決断となります。一方で、患者さんを他の方法を尽くしても取りきれない、耐えがたいつらさで苦しませ続けることは、(本人が自分の価値観に照らしてそれを望む場合を除いて)人道的にも医療倫理的にも容認できることではありません。

今回ご紹介した『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2018年度版』は、必要で希望する方には躊躇なく苦痛の緩和が行えるよう、『鎮静』を実施する場合の条件や手続きを整理しています。皆さまのご不安が少しでも拭うことができればと思います。尚、この手引きはインターネット上で閲覧することができます。興味がある方はご一読されることをお勧め致します。